[山頂目指して]暗闇のなかを登る
標高4000mの空気は薄い
きょうもヘロヘロ
登山二日目の12月28日。午前2時半。ラバンラタ小屋のロビーに、身支度を整えた登山者たちが、ぞろぞろ集まってきている。私もその一人となる。
「good sleeping?」とトーマスくんが聞いてくる。それで「good sleeping!」と笑顔で答える。途中で目が覚めたとはいえ、6時間は眠れたなと思って、ぐっすり眠れた感じがしていた。このところ旅の不安と緊張であまり眠れない日が続いていたが、ひさしぶりに熟睡できた。
わたしのザックの中には、 薄手のダウンジャケット1枚と、500ミリリットルのミネラルウォーター、カメラ、それからパスポート等の貴重品。これがトーマスくんから指示された山頂アタックの装備だった。「水はこれだけあれば大丈夫?」 と聞くと、彼は「十分だ」という顔をした。
ヘッドランプを頭にセットする。するとトーマスくんが位置を慎重に調整してくれた。これがとても重要なことだった。真っ暗闇のなかを、ヘッドランプの照らす明かりだけを頼りに、足元の様子を確かめながらひたすら登ってゆく。そこは木製の階段だったが、濡れていて滑りやすかった。また傾斜が急なので、すぐに心臓が苦しくなる。見ると、闇にヘッドランプの灯の列だけがあった。
なんでこんな急な階段
なんでこんな急な傾斜地に階段を作ったのか。不思議に思った。ただ、後になって、明るくなってよく見てみれば、やはりこんな急傾斜なところにしかルートをとれない地形をしている山なのだった。
1時間ほど歩いて、最後の通過ポイントにさしかかる。ここでチェックを受ける。首からぶら下げているID カードの番号が名簿と照らし合わせられる。誰が山頂アタックに入山したか、誰が下山したかをすべて点検している。そうして遭難事故が起きないように管理されているのだ。
ここを過ぎると、ぐっと傾斜が緩くなった。またもや細かな雨が舞ってきた。そしてとても寒い。全身雪山用のウェアの構成で歩いていたが、それでちょうどいいぐらいの感じだった。トーマスくんが、ぼくのレインウェアやダウンジャケットを見て、なんども羨ましがる。このキナバルの登山ガイドの人たちは、毎日この山に登っているけれど、薄手の雨具を何枚も重ね着していて、登山客が持ち込むゴアテックス製品の類は持ち合わせていないのだった。
テイカピッチャ、テイカピッチャ
え? なんなの? 山頂はどこ?
それからしばらくして、トーマスくんの歩くペースが遅くなった。どうやら山頂への到着時間を調整しながら歩いているらしい。ぼくもようやく気持ちに余裕が出てきた。しかしまた少し傾斜が増せば、途端に心臓が苦しくなった。標高4000mの空気はやはり薄いと思った。
トーマスくんはぼくの前を歩いていたが、常にこちらの息遣いに耳をすませていた。少しでも足を滑らせるような音をさせれば、振り返ってライトを照らし「大丈夫か」と聞いてくるのだった。絶対的な信頼を寄せられる登山ガイドの人たちだった。
黒い山陰の一番てっぺんに明かりが一つ見える。あれが目的のローズピーク4095mだ、と教えてくれた。感覚的には標高差にしてのこり200mぐらいかなと思った。山頂に近づくと、狭い場所に人が何十人も停滞していて、また暗いのでどこが山頂なのかまったくわからない。
渋滞の順番待ちをしているような感じでいたら、トーマスくんが「テイカピッチャ、テイカピッチャ。カメラ、カメラ(take a picture.camera.)」と言うので、ようやく、そこが山頂だとわかった。ここでお前の写真を撮るのが俺の最大の仕事なんだ、と言わんばかりの口ぶりだった。