[出発]五泊六日の山旅
20年越しの登山計画だ!
関西空港を飛び立って7時間半。まもなくクアラルンプール国際空港に到着する。マレーシア航空MH 53便。窓の外には眼下にヤシの林が広がっている。飛行機は着陸態勢に入っている。
マレーシア航空MH53便はエアバス機を使用した快適な空の旅だった。話題のエアアジアはクアラルンプールを拠点とする格安航空会社だが、短距離路線はよくてもこうした国際線はちょっとしんどいかもしれないと、本国マレーシアの人も口にしていた。
五泊六日の山旅を計画した。きっかけは会社から永年勤続の特別休暇をもらったことだ。30年間を働いた。それはべつに大したことじゃない。けれど30年という長さは、自分の中で、その一区切りが、特別の意味を持っている。今日はもうどうしても仕事へ行きたくない、という、頭や身体がクラクラするような日々もあった。でも、そんな日であっても、なんとか休まず働いてきた。
そもそもこの旅の始まりは、大げさに言えば、いまを遡ることもう20年以上まえ、小野木さんという面白いおじさんに出会ったことがきっかけになる。日本中がリゾート開発に沸いていたころ、この方は、御嶽山の自然を守るべく保護活動にとりくんでおられた。わたしはそのご自宅を訪問して、笑えないおやじギャグを連発しながらも山への熱い思いを語る、その人物にとても魅せられた。
その小野木さんが「キナバル山へ登ってきた」と自慢げに言うので、へえ、そういう山があるのか、でもどこにあるんだろう、と思ったものだ。それ以来、その聞き慣れない山の名前はずっと頭の中にあった。でも自分には縁のないものと思っていた。
今回、旅の行き先をいろいろ検討するなかで、ふとこの山の名前を思い出した。調べてみると、意外に短期間で行って帰ってこられることと、初心者でも問題のない登山コースだということがわかった。それで半年ほどまえにとりあえず手配をしたのだ。ただ小野木さんが登った頃と現在では異っているところがあり、この山が世界遣産に指定されて以降はいろんなことが様変わりしたようだ。
空港へ到着すると、乗り継ぎ待ちが3時間あるのを利用して、マッサージ店へかけ込んだ。年末の仕事疲れで、肩も背中も足も痛かった。空港のWEBサイトを見てどこに何があるか頭に入っていたから、店を見つけるのは早かった。この空港はお金さえあれば時間をつぶすのに困らない。
クアラルンプールで国内線に乗り継ぐと、とたんに地元客が多くなった。クリスマス休暇で帰省するマレーシア人たちらしい。あとで聞いた話では、一般にこの国の勤労者の休日は週に一日で、その休みを貯めておいてこうしてまとまった休暇をとることが普通だということだった。
コタキナバル空港
あんあんあんとっても大好きドラえもん
コタキナバル空港へ着いたのは12月26日夜の9時半だった。日本からは成田からの直行便もあるが、私の場合は関西空港からだったから、一旦はコタキナバル上空あたりを通り越してからクアラルンプールで折り返してくる格好となった。ここまで来るのに12時間近くを要した。
ロビーにはもうほとんど人気がなかった。国内線で到着したのに再度入国審査を受けなければならないらしくて、案内表示を見ても今ひとつよくわからず、ロビーを何度も行ったり来たりして、不安になってきた。次第に焦ってきたところへ機内で乗り合わせた乗務員さんたちが降りてきたので、彼らに連れて行ってもらった。「キナバルへ一人で登りに来たんだ」「すごいな」みたいな感じだった。
空港の外へ出るととたんに空気がむしっとしてきた。これが熱帯の空気なのか、と感慨が沸いたところで、なぜだかドラえもんの歌が巨大な音量で流れていた。「あんあんあん、とっても大好き、ドラえもん」 と。私は日本から履いてきた股引はそのままで、迎えに来てくれた現地スタッフのカシミールくんのバンに乗り込んだ。
マレーシアは観光に力を入れているようで、空港へ到着後すぐにプリペイドSIMを1000円ぐらいで購入することができ、自分のスマホに差し替えればその場ですぐ使えるようになる。これにはびっくりだ。しかしそういう一面があるかと思えば、走っている車はおんぼろが多く、道もでこぼこだった。翌日登山口へと向かうのだが、山の車道には痩せた野犬が何匹も何匹もうろうろしていて、これが轢かれそうで轢かれず、申し訳ないがわが家の愛犬のりょうちゃんとは別の生き物のような気がしてしまった。